2013年07月23日

日本リハビリテーション医学会創立

リハビリテーションの歩みシリーズ、
引用文献は「リハビリテーションの歩み その源流とこれから」

この本の第1章では、
日本リハビリテーション医学会創立までという小タイトルがあります。
(3〜13ページ)
ここは9行程度に無理やり要約すると、
整形外科のリハと内科系のリハでは、
1953年当時は整形リハの方が活発に行われていていました、
整形外科学会主動で、リハビリテーション学会設立が検討されていきます。
内科系リハは、リハは総合的なものであるということで、
整形外科リハとの連携を密にしたいというラブコールを手紙で送ります。
リハ学会「設立発起人会」では当日、いろいろあったものの、
整形外科と内科が手を結んでのリハビリテーション学会となりました。
そして1963年9月29日に「日本リハビリテーション医学創立総会」が開催されることとなったのです。
(私のつたない要約では上記のようになってしまいますが、
著書をそのまま読むとこの最終的なリハ医学会設立には、
ドラマティックな展開があったことがわかってきます、
なかなか興味深く読まさせていただきました、
是非とも興味がある人は買うように…)

ブログ管理者は新人・若手の時に、
何か臨床でつまづいた時に必ず読む本がありました。
それは上田敏著の
「リハビリテーションを考える」でした。
その中での「全人間的復権」という言葉は、
当院の理念にも入っている言葉でもあり、
私のリハ技師を歩む上で指標となった言葉でもあります。
もし日本のリハビリテーションが整形外科・内科と別れてしまう形になっていれば、
部分的なリハ医学を専門とすることだけでとどまってしまい、
この全人間的復権という崇高な理念には到底結びつかなかったのではないかと、
ブログ管理者は感じています。

次回は初めてのリハ学校と理学療法・作業療法の資格制度です。
posted by リハ技士 at 16:35| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月22日

リハビリテーションのあゆみ イントロダクション

今日から新シリーズ、
予告したように日本のリハビリテーション史を振り返っていきたいと思います。
引用文献は、以前も話したように、
「リハビリテーションの歩み その源流とこれから」
著者は日本リハビリテーション界の重鎮、上田敏先生です。

実は日本のリハビリテーション史を数か月前から探していました、
このブログでシリーズ化をある時期に約束していたからです。
しかし、インターネットでも様々探したのですが、
いい文献はなく、実はあきらめかけていました。
しかし、「リハ医の独白」というホームページでこの本が紹介されているのを見つけ、
直ぐにインターネットで本を注文しました。
この本、今年の6月発行、新品ほやほやです。

そしてこの本の数ページを呼んで、
「えー、そうなの」と思った文章がありました。
そのまま引用します。

『50年前の1963(昭和38)年は、日本のリハビリテーション医学の生誕の年ともいうべき、「記念すべき年」であった。この年にリハビリテーション医学の(医学全般に共通することだが)「三位一体」を形作る「臨床・教育・研究」のそれぞれの面で、次の三つの決定的な事が起こったのである。
@日本リハビリテーション医学会の創立(9月29日)<研究発表と医師の教育>
A日本初の理学療法士・作業療法士学校の開校(国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院、5月1日)<リハビリテーション専門職の教育>
B大学病院におけるリハビリテーション診療部門の開設(東京大学医学部附属病院リハビリテーション部、7月1日)<大学病院における臨床>』
(同書、2ページから引用)

なんと全て今年で50周年記念なのです。
うーん、特集する気合が入ってきました。
頑張ってこれから書いていきたいと思います。

次回から、スタートです。
posted by リハ技士 at 19:12| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする