2013年09月06日

目標指向的アプローチ

リハビリテーションの歩みシリーズ最終回、
引用文献は、リハビリテーションの歩み その源流とこれから

リハビリテーションのこれから という章から引用します。
ここでは重要な指摘がたくさんあるのですが、
1つに絞ります。
その絞った内容は、目標指向的アプローチについてです。
『@生活機能と障害の「予後」(どこまでプラスを増やせるか)に立って、
A「参加レベルの目標」を当事者(患者・障害者)参加で確定する[具体的には専門化チームが目標の選択肢(複数)を提示し、当事者が熟慮のうえでそのうちの一つを選ぶ]。その際、その「参加レベルの目標」も同時に、「セット」(参加の目標と活動の目標との)として提示され、選択される。
Bそれに伴って、「それら(参加の目標と活動の目標)を実現するための活動向上プログラム」も決定される(あらかじめ「活動レベルの目標」と、プログラムとがペアになって考えられている)。
Cリハビリテーション・チームは「協業」に立ってその目標(参加と活動のペア)を、(目標にあらかじめ含まれていた到達時点までに)実現する』

このような内容は、リハ技士であるなら授業で習ってきた内容だと思われます。
ただし、この通りに皆ができているかどうかはまた別問題かもしれません。
まず@は「予後をみる力」が必要になってくるので、
そこで各々のリハビリテーション・チームにおいて差が出始めるでしょう。
Aは[目標選択肢複数から一つ選ぶ]は怪しいものの、
その他はまず普通に健全なリハビリテーション・チームであれば行っているものと考えます。
Bに関しては、
「している活動」の把握や「できる活動」の把握がどれだけできるのか、
そしてその把握に基づいて「する活動」の目標設定をしていくのか、
そしてその目標に向けてどのようなリハ(訓練・指導・環境設定など)を展開していくのか、
などが問われてくるので、
これも各々のリハビリテーション・チームで差がでてくるでしょう。
Cも協業がどれだけできるかによって、やはり大きな差がでてきます。

皆さんのところでは、きちんとできているでしょうか。

今回でリハビリテーションの歩みシリーズは最終回、
興味をもったかたは是非とも、この本を買ってください。
posted by リハ技師 at 19:20| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月05日

対象疾患・障害の変遷

リハビリテーションの歩みシリーズ、
引用文献は、リハビリテーションの歩み その源流とこれから

対象疾患・障害の変遷とリハビリテーション医学の課題の変化の章から、
注目した1点のみを引用しましょう。

『…関節リウマチは「緩解の可能性が高まった」だけでなく、「治癒も可能である」とさえいわれるようになったのである。[佐浦・他 2010年]。
 ………(中略)………。
 …医学の進歩によって、「不治の病気」が「治る病気」になるということは(かつて結核がそうであったが)すばらしいことである。』

医療の進歩によってリハビリテーションの対象疾患は大きく変化していく可能性はあるでしょう。
例えばiPS細胞の発展は、どこまでリハビリテーションを変えていくのか、
皆目見当がつきません。
9月7日には山形市で「再生医療の現状と課題」ということで、
全国脊髄損傷者連合会 山形県支部創立40周年記念事業として行われます。
脊髄損傷者連合会が主催なので、内容は脊髄の再生が主になるでしょう、
この脊髄が再生するというのであるなら、脊髄損傷リハのあり方は一変します。
その他には幹細胞治療、
成人・高齢者で一番多い疾患、脳卒中。
iPS細胞治療で脳の再生というのは、考えづらいものの、
札幌医科大学で行っている、骨髄にある幹細胞治療が脳梗塞治療の革命的な医療になるかもしれません。
今年の3月から治験、
2016年には実用化に向けたいとしているようですが、
この治療の結果に関しても注目です。

次回でリハビリテーションの歩みは最終回です。
posted by リハ技師 at 16:31| 山形 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月02日

廃用症候群モデル

リハビリテーションの歩みシリーズ、
引用文献はリハビリテーションの歩み その源流とこれから。

リハビリテーション関連諸制度の歩みの章から一部を引用します。

『…、リハビリテーションの基本的な進め方にも全く違う二つのタイプがあるのだということである。
 従来のものは「脳卒中モデル」と呼ぶべきで、…(中略)…、脳卒中、骨折などにより急激な生活機能の低下に続いてある程度の回復傾向を示すものに対して、その回復を促進するプログラムである。
 これに対して、新しい第二のモデルは「廃用症候群モデル」であり、廃用症候群(最近の呼び方では「生活不活発病」)のみか、変形性関節症などの慢性疾患に廃用症候群が加わったもので、…(中略)…徐々に(しかし詳しくみれば階段上に)生活機能が低下してくるものをいう。このモデルに対しては、急激に低下した時期にいち早く発見して短期集中的な「活動」(ADLなどの生活行為)向上のためのリハビリテーションを行う「早期発見と早期対応」が有効である。これは「断続的リハ」と呼ぶべきで、従来いわれてきた漫然とした「維持期リハ」とは区別すべきものである。』

廃用症候群モデルの患者は確かに徐々に機能・能力が落ちていきます。
問題になるのは、あるきっかけが契機となって急に落ちる場合です、
それは風邪などの病気を発症した場合、
家族などとうまくいかない等の心理的問題があった場合、
家の環境が変更しそのことに適応できない場合等が挙げられるでしょう。
断続的なリハでは、
なぜ落ちたのかを明確にし、環境の問題・心理的問題があれば、
リハ技士だけで完結できる話ではないので、
チームとしてまず原因を解明し、チームとして原因にアプローチしていきます。
そしてリハ技士は出来るだけの機能・能力回復をその時に集中的にリハを行い、
できるだけ高い自立とQOLを目指していくことになります。
そしてその目標が、
ある程度達成したら、
リハは機能・能力チェックするなどの確認レベルに戻っていく(つまり訓練頻度は少なくなる)という形になります。
posted by リハ技師 at 19:16| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月29日

関連専門職種の歩み

リハビリテーションの歩みシリーズ、
引用文献は、リハビリテーションの歩み その源流とこれから

今回は関連専門職種の歩みという章から気になったものを一つ引用します。

『まず有資格者の数を見ると、2012年の国家試験の結果をふまえた最新のデータで、理学療法士は10万560名と、この年はじめて10万人の大台に乗った。前年は9万710名であったから、この年だけで1万人近く(9850名)が増えたことになり、この増え方もこれまで一番大きかった。』
理学療法士は徐々に病院の方では飽和してきているかもしれません、
これだけの人数が増えているので、
地域の理学療法士の人数を手厚くするような施策を、
様々な事業所がだしていくと思われます。
(もちろんリハ技士数の確保だけでなく、きちんとしたビジョンがないといけません)
作業療法士・言語聴覚士も病院では近い将来、やはり飽和していくでしょう。
理学療法士と同じように地域でのリハの展開は同様に進んでいくと思われます。
posted by リハ技師 at 20:59| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月25日

大学におけるリハビリテーション医学の臨床・教育・研究体制の整備

リハビリテーションの歩み、
引用文献は、リハビリテーションの歩み その源流とこれから

今回は、大学におけるリハビリテーション医学の臨床・教育・研究体制の整備。
(215〜218)
この中で気になったものを引用します。

『学会教育委員会の最新の調査(2009年、回収率84.1%)によると、リハビリテーション科独自の講義を行っているのは、国立大学65.0%(22/34)、公立大学(防衛医大を含む)75.0%(6/8)、私立大学80.8%(21/26)で、全体では72.1%と、私立、次いで公立で多い傾向があった。また講義時間数は、中央値とレンジで示すと、国立5.0時間(1.7〜31.5)、公立12.0時間(1.5〜22.0)、私率11.3時間(1.0〜50.0)と、中央値では国立が公私立の半分以下であり、ばらつきが非常に大きいが、概して私立・公立、国立の順であった。
 臨床実習を行っているのは国立73.5%(25/34)、公立75.0%(6/8)、私立88.5%(23/26)であり、日数は中央値とレンジで比較して、国立0.5日(0.5〜10.0)、公立は3.5日(0.5〜5.0)、私立は2.8日(0.5〜10.0)と、やはり国立が不十分だった。』

国立の臨床実習の中央値が0.5日というのは、ひどすぎます。
この超高齢社会においてリハビリテーションは必須なはずです。
それがこの程度の経験しか受けられないとしたら、
リハビリを目指す医師も少なくなるのは道理です。
実際にリハビリテーションを目指す医師は、
あの成り手が少ないと社会的には認知され始めている産婦人科よりも少ないのです。
リハビリテーション医は、
患者さんが病気やけがで体が不自由になった人に対して、
地域で幸せに暮らせるように支援するのが大きな役割です。
単に医療面だけでなく、生活面も総合して、患者さんを分析しなければなりません、
やはりそのためには若いうちから、
そのような臨床実習をある程度の期間を受けないと、その思想は構築していくのは至難の業だと思います。

最初の草創期の頃から比べればおそらく大学の授業・実習は格段の進歩だとは思うのですが、
まだまだといわざるを得ません。

次回は、関連専門職種の歩み、です。
posted by リハ技師 at 14:44| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月23日

第1回リハ総会会長講演と法人化について

リハビリテーションの歩みシリーズ、
参考・引用文献は、リハビリテーションの歩み その源流とこれから。
久しぶりのシリーズになります。

今回からは、日本リハビリテーション医学会の歩み(181〜214)のところから、
無理やりに要約するのではなく、
二か所だけ、注目した所を引用していきたいと思います。

『第1回日本リハビリテーション医学会総会は水野祥太郎初代会長のもとに1964年7月12日に大阪で行われた。会長講演は「リハビリテーション医学の地域社会における諸活動」で…』

この当時で、会長講演のタイトルに地域社会という言葉が入っていることに驚きます、
病院という小さい枠ではなく、もっと幅広い視野にたっていました。
そしてこの水野祥太郎先生は(別の本から得た情報ですが)大阪のリハビリテーションの開始は、
昭和20年、終戦で落ち込んだ傷痍軍人を勇気づけさせようとイベント列車を使った事といっています。
つまりリハビリは単に身体機能改善ではなく、
精神面や社会参加なども含めての改善を目指す事をリハビリテーションと認識しています。
単に疾患を治療する医療ではなく、生きることを支える医療として、とらえていたのです。
このようなリハの認識はこのような数多くの大先輩がいてくれたからこそ、
すそ野が広く、そして奥深い医療を形成していったと感じるのです。

この章では他にリハ総会・学術集会の発表内容の変遷や、
機関紙「リハビリテーション医学」の発刊、
そして法人化問題等が述べられます。

法人化問題ではなぜ法人が必要だったのかという説明が述べられます、
『他の日本医学会分科会と比較すれば、…中略…、社会性と公共性をとを併せ持った学会であることに、特色とまた誇りを持っている』
法人化問題以前から、
常に社会の要請に応じて開かれた組織であったこと、
そしてそれらに真摯に応えてきた実力があったことに気づかされます、
後輩である現在のリハ技師たちもそのような先輩たちが上記のように作り上げていったということを、
胸を張って大いに誇りたい、と思います。

次回は、大学におけるリハ医学の臨床・研究・研究体制の整備です。
posted by リハ技師 at 18:13| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月08日

第二次世界大戦でのリハビリ

リハビリテーションの歩みシリーズ、
引用文献は、リハビリテーションの歩み その源流とこれから

第二次世界大戦でのリハビリ
(121〜142ページ)

また無理やり要約。

リハビリテーションの父、ハワード・ラスク、
ある陸軍航空隊病院の戦勝兵を対象に回復プログラムを作成し、成果を上げ始めます
(この時は生活不活発病の症状が多かった)、
そしてこの成果を医療総監部に報告、これが上層部の目にとまり、
陸軍航空隊回復期訓練プログラムの責任者に任命、全国でも成果を出していきます。
その後、切断や脳外傷などの身体障害、
そしてそれに伴う情緒障害がある負傷兵がいる事を知り、
軍病院とは別個の「回復期・リハビリテーション・センター」を作ります。
ラスクはそのような人達に対してどのように対応していけばいいのか、
ディーヴァーに協力依頼をします。
ディーヴァーはそのセンターで働く人達の教育に従事しました。
一方ケスラーは、切断のリハを中心とした総合的なリハビリテーション・センターを作っていきます。
1943年に結成されたバルーク委員会という組織(当時中心人物だったバルークは、有力な財界人)は、
戦後のリハビリ医学の発展のために報告書を提出、様々なリハビリプロジェクトに基金を創設します。
そのプロジェクトの中で退役軍人病院のリハは戦後、特に充実しました(次に大学病院)。
ニューヨーク大学はラスクを招請、ディーヴァーも後にラスク本人から協力要請し、一緒にまた働くこととなります。
これがのちのラスク・リハビリテーション医学研究所となっていきます。
(著書の中で様々なエピソードで興味深いものがテンコ盛りです、
興味をもった方は是非とも買うように…)

ラスク・リハビリテーション医学研究所、
身体障害治療の研究では、よく聞く研究所です、
特に高次脳機能障害分野では、
当院もこのラスク研究所の取り組みは参考にさせていただきました。
ただしラスク研究所が作成した論文を参考にしたのではなく、
ラスク研究所で患者の家族として関わった人が、まとめた本を参考にしました。
「前頭葉機能不全その先の戦略」です。
そのラスクでのスケジュールや環境は、
一般の病院では真似できない部分がある内容でしたが、
その治療理念・障害の捉え方は参考になるものでした。
例えば、
自分の高次脳機能障害の中核が何であるかを気付かせる、というリハ指針は、
ブログ管理者も高次脳機能障害をもつ人に対して、必ず意識して対応しています。

かなり話は脱線しました、

高村光太郎の名言が思い浮かびます、
「僕の前に道はない、僕の後に道はできる」
ここまでリハビリテーションの歴史をみていると、
日本においても世界においてもそのリハビリテーションの先駆者となった人が、
まさになんの手がかりもない状況で道を切り開いてきました、
その苦労たるや相当なものだったはずです。
その先駆者たちの功績を私たちは忘れてはいけません。
このブログを見ている皆さんも、その功績を忘れずに、その道を歩きながらも、
せめて少しでもその道を広げたり、
歩きやすくすることはしていくことはできるのではないでしょうか。

次回は、日本リハビリテーション学会の歩みについて、です。
posted by リハ技師 at 19:47| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月07日

第一次世界大戦から第二次世界大戦までのリハビリ

リハビリテーションの歩みシリーズ、
引用文献は、リハビリテーションの歩み その源流とこれから。

第一次世界大戦から第二次世界大戦までのリハビリ

また無理やり要約です。
(109〜120ページ)

第一次世界大戦後、アメリカのリハビリテーション界は停滞期を迎えます。
しかし、その中で2人の医師が活躍します。
アメリカのリハビリテーション界をけん引してきた、ニュージャージーのケスラー、
そしてADLの概念を作ったニューヨークのディーバーです。
法律面では1920年には、様々な経緯がありつつも職業リハビリテーション法が成立します。
この頃に多くいたリハビリ対象疾患としてはポリオがありました、
あのルーズベルト大統領もポリオです。
(この著書、リハビリを語る時に使用できる内容が満載です、
是非とも買ってください)

この中で気になったのは、
ADLの概念を作ったディーバーです。
この著書の別のところでも指摘しているのですが、
この概念は初めて医療に「生活」の視点が入ったということで画期的だったのです。
確かに医療というと、疾病が対象という強いイメージがあります、
胃に問題があれば胃、もしくは胃に関連する臓器・組織を調べます。
しかし「生活」は現在の考え(ICF)でいけば、
普通の医療よりも、すそ野が広く、
そのためにもっと総合的に理解することが求められ、
アプローチとしては様々な職種が協働しないと成立しない医療になっています。
このような現在のリハビリテーション医療の土台を築いたのが、
ディーバーと言っても過言ではないかもしれません。

次回は第二次世界大戦中のリハビリです。
posted by リハ技師 at 19:43| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリテーションの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする