2013年07月04日

ポートフォリオ

教育学問入門シリーズ
(引用文献:臨床実習教育の手引き 社団法人理学療法士協会)

ポートフォリオ
『教育においては、設定された目標や計画に対して学習者の学習成果をファイルとして一元化したものを指す。それらに対して自己評価や指導者から評価を行い、次の目標設定を行う。ポートフォリオを作成することにより、気持ちが前向きになる、自分の方向性を見出せるといった精神面への効果も言われている。』

当院リハ技師部では、これは行っていません。(看護部門では行っているようです)
確かに面白そうなアプローチです。
この手引には、ポートフォリオの中身例が出されています。

ビジョン:どんなPTになりたいか
目標:この実習で成長したいこと
計画:実習プラン
体験したことや成果
価値ある資料やデータ
役立つカルテ記入例
患者さんとのコミュニケーション録
指導者との対話記録
自己評価・相互評価


自分がいろいろやってきたものがどこまで習得したのか、
どのレベルまで理解したのかなどが、
そのファイルをみればわかるということは、
逆に言えば、そこからどうステップアップしていけばいいか、
何をまだ行っていないかもわかるようになります。

リハ技師部も来年、新人にどうだろう、とふと考えていました。

とりあえず教育学問入門シリーズは今回で終了。
ただし、また第2弾は続けて同じ文献を使用して、
教育学問入門シリーズを行う予定です。
お楽しみに。

次回からは、参議院選挙も始まったと言う事で、
政治がらみの話を…。
テーマは2つに絞ります、
テーマがかなり似た内容になってしまいますが、
TPPと混合診療解禁を行います。
このシリーズは来週から行います。
posted by リハ技師 at 16:39| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月03日

OJT

教育学問入門シリーズ
(引用文献:臨床実習教育の手引き 社団法人理学療法士協会)

OJT
『OJTとは、職場内教育とも言われ、職場において、管理者や先輩が計画的に必要な知識・技術・態度を育成する管理行動である。』
『OJTの手法は、やって見せる(show)、説明する(tell)、やらせてみる(do)、補修指導(check)の4段階からなる。』

この引用されたOJTを読むと、
山本五十六の名言を思いだします。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、
ほめてやらねば、人は動かじ。」
これは、OJTのshow・tell・doにあたるでしょう。
それに誉めるが入ってきます。

ブログ管理者が新人の頃は新人教育というものはなく、
先輩の後姿を見ながら独自で勉強していくというものでした。
自分ひとりで自由には学習は出来るものの、
今からするとその学習のスピードは遅々としたものでした。
先輩に聞けば教えてくれたものの、
聞かないことは例え間違った事を覚えていても、
何か大きな失敗がないと気付きませんでした。
入職して学生のように実習してほしい、と思った事もありました。
その意味では現在では、
おそらくある一定程度の施設であるなら、
新人教育は定着しているでしょうから、
ブログ管理者からみればうらやましいかぎりです。

臨床実習で、OJTの手法を使用しない実習はあり得ないでしょう。
しかし、その質の高さは(説明の仕方、確認するポイントなど)チェックしていく必要があるでしょう。
これは新人指導にも言えることです。

実はこの山本五十六の名言には続きがあります。
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」
ある程度育てた新人・若手の力を信じ、何か大事な役割を持たせること、
その事がまた新人・若手の成長をさらに向上させていきます。
posted by リハ技師 at 16:14| 山形 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月02日

学習と原因帰属

教育学問入門シリーズ
(引用文献:臨床実習教育の手引き 社団法人理学療法士協会)

学習と原因帰属
『…ワイナ―は学習の結果の帰属を、原因の所在と、安定性つまりその原因が容易に変化しうるものかどうかという2次元で分類した。能力や努力は内的原因であり、課題の難しさや運は外的原因である。能力はかなり安定しており容易に変わらないが、努力はその時々において自分の意志で変えることができる不安定なものといえる。』

引用された文章はけっこうわかりにくいと思います。
あまり原因帰属の説明として正確ではないかもしれませんが、
このブログでは具体例を出して説明していきましょう。

あるテストができなかった男の子を事例として考えてみましょう。
テストの結果が悪かった時に、私たちはどのように考えてしまう人がいるでしょうか。
まずは一つの考え方の断面として、
自分の問題だったのか、自分以外の問題だったのか、があります。
原因帰属の言い方では、内的(自分に問題)・外的(自分以外に問題)という言い方になります。
もう一つの断面としては、
たまたま一時的な問題なのか、それともずっとこれからもある問題なのかです。
原因帰属の言い方では不安定(一時的な問題)・安定(継続的な問題)という言い方になります。

では男の子が、
「おれ、きちんと勉強しなかったからなー」と言ったとします。
これは原因帰属の言い方にすると、内的・不安定です。
これは男の子の「努力」が足りなかったせいだと捉えています。
では、その男の子が、
「このテストは難しすぎ過ぎた」と言ったとします。
これは原因帰属の言い方にすると外的・安定です。
これは男の子が、「課題が難しすぎた」と捉えたことになります。
では、その男の子が
「俺って頭悪いからな」と言ったとします。
これは原因帰属の言い方にすると内的・安定です。
そしてこれは男の子が「能力」の問題と捉えたことになります。
では男の子が、
「この問題が出たなんて運が悪いよ」と言ったとします。
これは原因帰属の言い方をすれば、外的・不安定です。
これは男の子が言っている通り「運が悪い」と捉えたことになります。

『この中で、よりいっそうの学習意欲が喚起されるのは内的で不安定な原因である努力に帰属された場合である。』

私たちが存在意義を感じるのは、
自分が主体的に動いて何かを変化させた時だとブログ管理者は思います。
自分という「ちっぽけな存在」が何かしらでもいいので影響を与える、
そのことに喜びを感じる生物だと思っています。
つまり内的である事が重要です。
あと、人は変わっていく、という事を信頼していくことです。
それを信頼しなければ、何をやっても無駄になるということになってしまいます。
つまり不安定であることが重要です、
内的で不安定である「努力」、
これが最も学習意欲を高める原因帰属になりえます。

結論は「努力」が大切という、ありがちな内容になってしまいました。
しかし、これば逆の側面としても考えられます。
人に学習意欲を持たせる時に、
外的な問題にしない、そして能力の問題になるべくしないということです。
(ただし、メンタルに問題がある学生や若手、また臨床で心理的に不安定な患者さんを指導する時に、
あまり努力を促す対応は逆効果になることもあります、
なぜならそのような人たちが努力しても努力しても失敗を続けることで、
自分は何をやろうとしても変化する事が出来ないと思わせてしまいます、
そのことでかえって自分そのものの存在意義を疑う結果になりうるからです。
そのような時は外的問題にさせた方が気が楽になる場合があります)
posted by リハ技師 at 14:43| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月01日

内発的動機づけ

教育学問シリーズ
(引用文献:臨床実習教育の手引き 社団法人理学療法協会)

内発的動機づけ
『何か他の報酬を得るための手段としてではなく、それ自体を満たすことを目的とされた欲求を内発的動機づけ(intrinsic motivation)と呼ぶ。反対に、何らかの他の欲求を満たすための手段としてある行動をとることに動機づけられることは外発的動機づけ(extrinsic motivation)と呼んでいる。』

勉強すること自体が楽しいから勉強する、
そのような状況であれば学習者は自然と学力アップしていくでしょう。
しかし、なかなかそのようにうまくはいきません。
どのようにすれば内発的動機づけがうまくいくのでしょうか。

上記のように考える前に、
そもそも臨床実習や若手の教育で
内発的動機づけを指導者に求めるのはそう簡単なことではないと思われます。
学校の先生であるなら、それが本職なので、
意欲が低下している学生に対して、
どうすれば学ぶことの楽しさをわかってもらうのか、という事は求められるでしょう。
子どもたちは(特に義務教育)は、なぜそれを求められるでしょうか。
学ぶことに苦痛を感じる子どもたちに、
何でもいいので少しでも、「わかる」と楽しいという感覚を味わせることは、
その後の学習意欲に少なからず影響を与えるからです。

臨床での指導者は「教育」に大きく重心傾けてはいない人がほとんどでしょう。
内発的動機を高めようと言われても、
そんなところまで言うなよ、という人もいると思います。
しかし、よく考えて見ると、
テスト勉強より臨床での経験は、
実際に患者さんに役に立つ見かたを教わったり、
患者さんに役に立つアプローチができたりします、
患者さんが変化する、もしくは満足する対応をすることは、
その実習を受けている学生・若手には、自分の行った事が患者さんに影響を与える事が出来る、
そのことは自分が何かしらの存在意義があると思えるようになるのではないでしょうか。
つまり臨床そのものが、本来、内発的動機づけを高めやすい環境なのです。
(ただし、場合によっては全く逆もありえます)

またこの内発的動機づけは患者さんに向けても大切な要素です。
患者さんの意欲が落ち込んでいる時に、
いかに生活意欲を取り戻すかということで、
その意欲を引き出すためのコミュニケーション・環境設定・目標設定などをしていくことが必要になってきます。
このような能力が高い人こそ、プロフェッショナルと言えるでしょう。

冒頭の内発的動機づけは、
どうやったら高めることが出来るのか、
それを答えないと…。

ブログ管理者もそれは聞きたいよ、と言いたいのですが、
ここは抽象的で教科書的なことを述べましょう、
それは学習者の(良い)感情を出させる学習です。

具体的なやり方はブログを見ている様々な人が考えてください。
posted by リハ技師 at 16:48| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月28日

発見学習

教育学問入門シリーズ、
(下記引用:臨床実習教育の手引き 第5版 社団法人理学療法士協会)

発見学習。
『問題解決学習の手法を取り入れながらより高次元の系統学習を目指すもので、学習者に自らの力で知識を構造的に学習させる。』

『発見学習の基本プロセスは@学習課題を捉える、A仮説を立てる、B仮説を練り上げる、C確かめる、D発展させる、である。』

学習する時にわからないのは、
だいたいはその学習する内容の仕組みが分かっていないときだと思います、
その仕組みは何かしらの規則性をもっています、
例えばAという現象とBという現象が同時に起きればCが起きるなど…、
上記のことを合わせて構造的に学習するという事なのでしょう。

自分なりに噛み砕いてこの発見学習を考捉えると…、

まず学習者が知りたい、わからない事をまず捉える、
そのわからないことは、
どのような仕組みであるかを探り、ある仮説をたてていく、
その仮説を何度も推敲しながら、もっと仮説を作り上げていきます、
確認が出来るものは、
文献などで、その仕組みで良かったのかを確認する、
そしてその仕組みの応用も考えていく…、
そういう事かととらえました。

この学習発見の内容からブログ管理者は、
指導の在り方を下記のように考えました。

指導者は学習者に、
まず何が分からないのか、
そしてそのわからないことにただ指導者が教えるのではなく、
不十分でもいいので自分での意見・考えを出してもらう事が大切であることがわかります。
やはりただ受動的な指導は、単に知識を脳内に刻み込むことだけに陥りがちになります、
学習者が主体的に内容を取り組む(仮説を立てる)行為は、
様々な仮説の試行錯誤から、自然と考える力が付き、
またその学習の仕組みがわかればその学習の応用もできます。
(そうなればその学習も楽しくなってきます)
posted by リハ技師 at 11:38| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月25日

プログラム学習

教育学問入門シリーズ、
ネタ本は、臨床実習教育の手引き(社団法人 理学療法士協会)
プログラム学習。
『学習者が自主的に自学自習する個別学習法。@目標行動に到達する段階を細かく分ける(スモールステップ)、A各段階で反応を求める(積極的反応)、Bその結果を即時に確認させる(即時確認)、C自分の能力に合った速度で学習させる(自己ペース)の4つを原理とする。』

下記に書いているのは自己学習のあり方というよりは指導のあり方になります。

人には個人差がある、
それは必ず留意しなければなりません。
そのために教育をする上でより個別的な目標設定をする事が大切です。
当院でもそのような意識で指導するようにしています。
その個別的な目標を立てる時に意識しなければいけないのは、スモールステップです、
達成しやすい目標を掲げる、それが達成すれば本人の自信につながり、
次への意欲につながっていきます。
これは患者さんの治療方針にも大きく示唆を与えるものです、
患者さんも障害を持つことによって、今までの身体でない状態に大きく不安をもっています、
その状況に少しでも成功体験を味わせるためには、
まず達成しやすい活動を自立させるという治療順序もありうるでしょう。

積極的反応の原理もよく使用するやり方です。
指導者が学生に本当にわかったのかどうか、
その場で問題を出して答えさせる、
もしくは何を指導者がいったのか反復させるというのでもいいでしょう。
そのことで学生は復習になりますし、
指導者も内容を本当に理解しているのかどうかの確認にもなります。
これも臨床でも活かせます、

即時確認も慣れていないことをやる時は大切でしょう。
本当にこれはこのやり方でいいのか、指導者にすぐ確認する、
すぐ確認することは学習の効率性を高めます。

自己ペースは冒頭に言った個人差を意識してのやり方だと思われます。
指導者は自分が昔教育されたペースで、学生・新人などの学習をしてはいけません、
指導している学生・新人の能力を見極めてから、
その人にあったペースで学習をする必要があります。
あせって学習を深めることは、
逆に学習の質を低くし、なおかつ学習者の意欲を低くしてしまい、
かえって学習を遅らせることになってしまいます。
posted by リハ技師 at 16:16| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月24日

問題解決学習

教育学問入門シリーズ、
今回で2回目。
ネタ本は臨床実習の手引き第5版。(社団法人理学療法士協会)

問題解決学習。
『体験を得て問題を発見して解決する手法で、学習者の興味・関心のある課題を取り上げ、それを学習者自身が主体的に考え、判断したりして、その課題を理解することによって、新しい場面に適応できる能力を育てる。』

リハの学校ではこのような授業を取り入れているところは多いようです。
ただ受身的な講義形式の授業ではなく、
学生自らが主体的に考える力をつけさせるというのが大きなポイントのように思われます。
これは体験ができる臨床の場ではおおいに利用できると思われます。

『…問題を解決する段階を@問題を感じ取る、A問題の在り方をつきとめる、B注意深く調べる、C問題解決のための計画を立てる、D計画を実践によって確かめる、…』

臨床実習だけでなく、
普段の教育においてどの程度教えたらいいのか、
教えないで、もっと考えてもらった方がいいのか、判断に悩む時があります。
確かに答えを言わないでヒントをあげ考えさせることは、
その人を成長させるためにも大切だと思うのですが、
患者さんの対応が遅れてしまい、患者さんのリハに支障をきたしてしまうのは避けなければいけません。

特にどのような場面で悩んでいるでしょうか。
ブログ管理者が思うには、
Aの「問題の在りかを突き止める」でうまくいかない事が多いのだと思います。
これはリハビリで言えば「評価」にあたる部分でしょう。
先生、先輩から、評価=治療(リハ)だと何回も聞かされました。
実際長年臨床をやっていれば、
確かにそこが大きなポイントであることはよくわかってきます。
現在でもおおいに悩み続けています。


おそらく私たちが行う臨床の教育は、
考える、答えを教える、
次の事例でまた、考える、答えを教えるを、
何回も続けることによって、
少しずつではあるとは思いますが、
学生や若手リハ技師の考える力の向上につながっていくのだと思います。
posted by リハ技師 at 20:10| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月23日

臨床実習教育=臨床技能?!

l教育学入門シリーズ、
ネタ本は、臨床実習教育の手引き 第5版

この本の第1章第1節から。
『…多くの若い理学療法士は臨床技能の向上への関心が高く、臨床実習教育に向ける関心は相対的に低い傾向にあるように思われる。しかしながら、理学療法士としての日常臨床活動を振り返ってみると、臨床活動とは「対象者に対して問題解決を意図して理学療法・指導等の働きかけを行い、その対象者を望ましい回復の方向に変化させること」であり、…』
臨床実習教育の質を高めることが、
臨床技能の向上につながるとこの部分を書いた執筆者は言っています。
ブログ管理者も全く同意です。

リハビリテーションは他の医療より、教育の部分が強い医療だと思われます。
それはなぜでしょうか。
以前も話したことがありますが、
それは患者さんの主体的な活動・家族の主体的な関わりが、
患者さんの改善に大きな割合を占めるからです。
患者さんが良くなるためには普段の生活の過ごし方が重要になります。
「できるADL」から「しているADL」に移行するためには、
必ず患者さんの意志が働かないとうまくいきません。
リハ技師の適切な声かけ・指導でその意志を高めることができれば、
その人の生活に対する働きかけは大きく変化し、
実際にその人の機能・能力レベルは改善していくのです。

また別の面で臨床実習教育は臨床技能に大きく影響を与えます。
ブログ管理者がある教育関連の本から学んだ言葉があります。
『教えるものが、もっと教えられる』
教える、という行為は教えられた時よりもっと深く勉強しないと教えられないものです。
きちんとその内容を言語化して、整理して、そしてわかりやすく説明するには、
尚一層勉学を深めなければ出来ないのです。

そのような臨床技能の効果があること、それはふまえなければなりませんが、
それ以前として、率直に下記の執筆者の引用された気持ちで臨床実習教育を指導してもらいたいとも思います。
『…臨床教育実習を通じて、子供の成長を見つめる親のまなざしに似た、あるいは、担当した対象者の改善の喜びと同様に、臨床実習指導を通じて大きく変化した後進(学生)の姿を見る喜びは理学療法士という専門職種を選択した者の喜びであり、楽しみであって欲しいと願うものである。』
posted by リハ技師 at 14:39| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする