2013年09月15日

複合災害時 原発30キロ圏 58市町村に孤立集落

『地震や津波と原発事故が重なる複合災害に関し、毎日新聞が原発から30キロ圏の123市町村(福島県を除く20都道府県)の防災担当者に住民への影響を尋ねたところ、約半数に当たる58市町村が「逃げられずに孤立の恐れがある集落がある」と答えた。原発再稼働の安全性をチェックする原子力規制委員会の新規制基準は原発施設の過酷事故対策などを義務付けているが、孤立集落を含む敷地周辺の防災対策を規定していない。専門家は再稼働には敷地周辺を含めた国の安全性が不可欠だと警鐘を鳴らしている。』
{毎日新聞(東京)・朝刊 2013年7月10日 記事引用}

今後再び原発事故が起きた時を想定したうえでの避難計画は、
かなり限界があることは明らかです。
記事にも書いていたことですが、
まず避難しようにも、避難経路は限りがあり、
その避難経路が土砂崩れなど通行止めになった場合、
完全に孤立してしまいます。
ヘリや船の輸送もその能力には限界があります。
避難経路を複数作るために、道路を作るにも国や都道府県の財政では困難であることが予想されます。
そうなればもう家で待機しているしかなくなるでしょう。
しかし家では放射能被曝する可能性が高いと言わざるをえません。
ここまでいくと原発が事故を起こしたら、
この記事から明確になったように孤立集落になった場合、ほとんど対策がとれないのです。
国としては、だから世界一の安全基準で、
今後、絶対原発事故を起こさないようにしていると言っているのですが………。

しかし、まだ現在の福島第一原発の中心部が現場検証できない状態で、
まだ事故の本当の原因は明確ではないのです。
その状況で世界一の基準といっても説得力はありません。
今後震災で原発事故は必ず起きないのか、
おきないというその補償が全然見えてきません。

今日、大飯原発が検査のために原発を停止し、
再度日本で稼働している原発は一時的にゼロになりました。
しかし原発再稼働はおそらく年明けあたりに続々としていくのでしょう、
それは先ほどの世界一の安全基準を行っているという事と、
今後の中東問題で石油の不安定さが大きいのでしょう、
中東の問題はもしかしたら深刻だと思いつつも、
しかしもし再度稼働中に大きな震災がきて、原発事故を起こしたら、
もう日本は立ち上がれなくなるのではないか、そう感じてしまうのですが…。
posted by リハ技士 at 12:39| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月14日

東北3県24自治体の災害弱者避難計画 4割 役に立たず

『国が自治体に作成を求めている高齢者や障害者ら「災害弱者」の避難支援計画について、東日本大震災に策定していた岩手、宮城、福島3県沿岸部の24自治体のうち、4割に当たる10自治体が「実際には役立たなかった」と考えていることが、各自治体への取材で分かった。
 国は災害時に独自で避難が困難な高齢者ら要援護者について、自治体に名簿作成など避難支援を強化するよう要請している。しかし計画があっても、想定を超えるような大規模災害時には実行が困難なことを示した。
 取材は3月下旬〜4月中旬に行い、3県沿岸部の37自治体が対象。震災当時、支援計画があった自治体が24、計画なしが13。
 沿岸部はどの自治体も津波の被害に遭ったが、計画が役立たなかったとした10自治体には津波の規模が大きすぎ、計画を顧みる余裕がなかったとする回答が目立った。
 具体的には「津波到達までに時間がなく、避難誘導に用いることができなかった」(岩手県洋野町)、「(行政機関を含む)地域全体が被災したため、計画を役立てられなかった」(宮城県多賀城市)などの答えがあった。
 「(要援護者の)情報を1台の端末で管理していたが、庁舎の浸水や停電で情報を取りだせなかった」(岩手県宮古市)といった回答もあった。
 一方、福島県南相馬市など12自治体は役立ったとしたが、宮城県南三陸町が「避難誘導に効果はあったが、行政機関の被災で十分活用できなかった」とするなど、実効性に課題を残したとの回答もあった。
 残りの2自治体は「検証に至っていない」などと答えた。
 避難支援計画は、関係機関の役割などを決めた「全体計画」、対象者一人一人の避難先と支援者を定めた「個別計画」から構成される。
 取材によると、震災時に全体計画と個別計画の両方を策定していたのは6自治体。全体計画、個別計画のいずれかを策定していたのは18自治体だった。』
{毎日新聞(東京)・朝刊 2013年6月21日 記事引用}

全体計画・個別計画、両方共にきちんとした計画を今からたてていけないといけません。
その策定する時に一番大変なのは個別計画でしょう、
その個別計画はできるだけ小さいユニット、つまり市町村でたてるべきです、
なぜならその地域にいる障害を持つ人の
障害の度合い
障害の種類、
介護者の有無、
そして障害をもっている人の環境、
その地域の交通網、
避難指定地域の位置等によって、
大きく変わっていくからです。
そのような配慮ができるのは市町村レベルでなければ策定できません。
また、この計画は公の機関が動くだけの計画ではありません、
その地域の人々が一緒になって動く計画です、
緊急に避難する時に公の機関を待っていては逃げ遅れてしまい命を失いかねないからです。

今回の東日本大震災で災害弱者避難計画、4割が役に立たなかったということは、
重く受け止めなくてはいけません。
ブログ管理者の推測ではありますが、上記のような個別計画はしっかりたてられていなかった現状があるのではないかと考えます。

兵庫県では先頭に立って各市町村に個別計画を策定するように呼び掛けています。
他の県でもこのような動きが進まなければいけません。
posted by リハ技士 at 17:58| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月22日

自分たちで病院を守る意識を

『「災害への対応」をメインテーマにした京都病院学会がこのほど、京都市下京区で開かれた。2011年3月の東日本大震災の混乱を経験した医師は「病院を自分たちで守るのが原則」と訴えた。京都の病院関係者からは患者を含めた避難訓練や備蓄食の見直しなどの取り組みが報告された。』
『弘前大大学院医学研究科の福田幾夫教授が基調講演した。東日本大震災の際、病院のある青森県弘前市は建物被害はなかったが、停電に見舞われて病院の空調も止まり、携帯電話はほとんど通じなくなった。食料やガソリンだけでなく、手術用のガウンやマスクなどの供給網も寸断され、関東地方まで買い出しに行ったという。
 「自分たちの病院は自分たちで守るのが原則。各家庭での備蓄も含めて食料備蓄し、スタッフが連絡が取れなくても自発的に集合する基準を作ることが必要だ」と、福田教授は呼びかけた。
 大震災後、手術・手術室への影響について、東北や北関東地方の病院にアンケートを行い、213施設から回答を得た。地震は日中に発生したため、多くの施設で執刀中だった。患者が手術台から落下しそうになったり、薬品棚や医療機器が転倒した事例が報告された。「大地震の時には複合した危機が一気に起こる。エレベーターは必ず停止するので、階段で担架が使えるかなど、重傷者の移送方法を考えておかなくてはならない」と述べた。
 続いて、京都の病院で勤務する医師や看護師ら8人が、災害を想定した様々な取り組みを発表した。
 洛和会音羽病院では院内災害訓練の際、電話が通じなくなったことを想定してメッセンジャー役を活用したが、双方向の伝達に課題が残ったという。
 京都武田病院では、地元学区の自主防災会と災害協定を締結。事務職員4人が消防団に入団し、地域の夜間見回りに参加している成果を述べた。京都桂病院からは、産婦人科病棟から新生児を連れた避難を想定して「出産準備段階から母親に災害への備えを教育する必要がある」と提案があった。
 このほか、「透析患者の避難訓練参加」(西陣病院)、「嚥下機能が低下した患者向けの非常用備蓄食の見直し(嵯峨野病院)などの実践例が報告された。』
(上記2点 京都新聞・朝刊 2013年6月18日 記事引用)

災害では様々な事を想定していかなければいけません。
今回の記事はどのような事を想定してマニュアル化していかなくてはならないのか、
そのことに示唆を与えるものでした、
また、被災地での病院でどのような大変な事態が起こったのか、
本や論文になっているのもあるので、
参考にしていく必要があります。

ブログ管理者が上記の事のために当院の事務長経由で取り寄せたのは、
宮城県の長町病院で作成した
「困難を乗り越えて 2011.3.11東日本大震災 長町病院の記録」。
(以前、ブログで紹介したことがありますね)
長町病院のリハビリテーション室の部分を少しだけ引用します。
『2011年3月11日、14時46分、まさに激震でした。たった3分足らず、この数分ですべての状況が一変しました。
 当院リハビリテーション室もリハビリ診療の真っ最中でしたが、激しい揺れになすすべもなく、同僚と2人、振り落とされないようプラットホームベッドに夢中で患者さんを押さえつけていたのを覚えています。ようやく揺れが治まり直後にリハビリ室を見回ったところ、ほとんどの患者さんがベッドから振り落とされ床に横たわっていました。』

この後、被災後に果たして患者さんにリハビリをすることはあまりないのではないかと考えていたら、
被災後何も動けなくなる状況で、
普通の生活を過ごすことが出来なくなってしまった人達を目の前にし、
リハビリとしても行う事は多々あることに気付いたといいます。

上記の例は一例ではありますが、
そのようなところから自分たちの環境に置き換えていけば、
被災時に何が問題になって、どのような事をしていく必要があるのか、
見えてくる事が多いのだと思います。


皆さんのところでは、
被災後の備えは万全でしょうか。
posted by リハ技士 at 17:23| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月18日

日赤救護 被曝1ミリまで

『日本赤十字社が、原子力災害時の医療救護の活動指針を作った。住民の立ち入りが制限される警戒区域内には入らず、累積被曝線量が1ミリシーベルトを超えない範囲で活動すると決めた。1ミリは一般住民の平常時の年間限度。これに対し、被曝医療の専門家から「被災者への救護、対応が十分にできない」と見直しを求める声が出ている。
 日赤は法律により、災害時の被災者の救護が業務の一つと定められている。医師1人、看護師3人、運転手1人、事務職員1人が1組の救護班を全国に500組以上、組織している。
 東日本大震災では延べ900組の救護班が被災地に入ったが、当初、原子力災害への備えがなく、東京電力福島第一原発事故直後の福島県内では、救護班がいない「空白期間」が生じた。その反省から、原子力災害の活動指針を作ったという。救護班は線量計や安定ヨウ素剤を携行し、累積被曝線量が1ミリシーベルトを超える恐れがあれば、安全な地域に退避するとした。
 これに対し、原子力災害で首相官邸が助言を求める専門化チームの長瀧重信・長崎大学名誉教授(放射線医学)は「医療従事者はけが人や病人を助けるのが使命。警戒区域内の患者の支援を、自衛隊や警察、消防だけに任せるのはおかしい。1ミリは平常時の一般市民の線量限度で、災害時の救護活動では低すぎる」と、官邸の会議などで批判した。浅利靖・弘前大教授(救急医学)も「1ミリシーベルトを超えて被曝しても健康影響はない。医療従事者がこの基準を使う必要性はない」と話す。
 日赤の活動指針が、全国に1150ある厚生労働省認定の災害派遣医療チーム(DMAT)などの基準づくりに影響を与える可能性もあり、長瀧さんは「みなが日赤基準にならったら、警戒区域内の患者や高齢者の避難が混乱し、福島の二の舞になりかねない」と心配する。』
{朝日新聞(東京)・朝刊 2013年6月13日 記事引用}

ここでは累積というところがポイントだと思います。
例えば災害すぐに放射線が高い現地に医師が入ることは、この日赤基準でも否定していません。
ただし短期間しか認められないということです
(例えば1時間に3マイクロシーベルトある地域があったとします、
年間にすると26280マイクロシーベルト、つまり26.28ミリシーベルトです
1ミリシーベルトになる期間は約2週間弱です、
その期間までは現地で医療ができます)。
ここで強く反論があるでしょう。
短期間しかいなければやはりその地元の患者さんの不利益になるのではないかと…。
確かにその地域のままで医療展開するのであるなら不利益になります、
しかし、そのような場所では急を要する救急処置以外はその場所では当然できないでしょう。
もっと線量の低いところに移動して、そこでの医療展開となります。

医療従事者は患者さんの命・健康を守るのが一番の使命です、
短期間において救急的な対応はしながらも、その後の対応は線量の低い地域で行う、
線量の高いところにいる事自体、全ての人達の健康に支障が出る可能性があるのです、
そうであれば特に高齢者や病気を持つ人、
そして特に子ども・妊婦などは線量の低いところに移動し、
医療を行った方が良いと考えるのが自然だと思います。

自衛隊や消防隊が線量の高いところで対応しているのに、
医療関係者はなんだという意見もありそうですが、
先ほど言ったように役割・使命が違うのです。

ゆえに長瀧教授が記事で指摘している事はあまりにも単純な思考としか思えません、
また浅利教授に至っては(ただ長瀧教授も同じ考えのようですが)1ミリシーベルトを超えても健康に支障がないという批判は、
世界基準を全く無視している意見です。

この日赤基準、
皆さんはどう思うでしょうか。
posted by リハ技士 at 12:24| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月14日

災害医療 「調整役」新設

『東日本大震災で長期・広域に及ぶ医療対応が求められたことから、県は災害時の医療救護計画を7年ぶりに改訂した。災害発生から「48時間以内」「1週間以内」「1カ月以内」の3段階(フェーズ)で、県内外の関係機関との連携体制を定めた。新設する「災害医療」「災害薬事」のコーディネーター(調整役)を計160人に委嘱し、各地域の医療人材や薬剤の不足などに対応してもらう。』
『2006年改訂の従来計画は東海地震を想定し、医療対応は長くても1週間程度の前提だった。新計画は南海トラフ巨大地震による長期・広域被害も見据え、県外からの災害派遣医療チーム(DMAT)の受け入れと調整についても明記した。
 発生48時間以内の「フェーズ1」では、県災害対策本部に「DMAT調整本部」を設け、県内の災害拠点病院の医師らに調整役を担ってもらう。県外からのDMATは重篤患者をヘリコプターなどで県外に広域搬送する。
 発生1週間以内の「フェーズ2」では日本医師会災害医療チーム(JMAT)などの応援を受けながら「災害医療コーディネーター」が指令塔役を担う。
 同コーディネーターは災害拠点病院の医師ら約40人に委嘱し、八つの2次医療圏ごとに県が設置を促す「地域対策医療会議」のネットワークと連携して保健所を拠点に医療資源の需給調整にあたる。薬剤師など約120人に委嘱する「災害薬事コーディネーター」も、各地域で医薬品の確保に努める。発生1カ月までの「フェーズ3」は、各都道府県の医療救護チームの応援も受けるが、徐々に県内機関による自力対応を目指す。』
(上記2点 静岡新聞・朝刊 2013年6月4日 記事引用)

災害医療コーディネーター、
記事では医療資源の需給調整にあたる、と書かれています。
具体的にはどのような事を言っているのでしょうか、
ある宮城県で出されている報告書では、
このような説明がありました。
まず災害の状況に応じて適切な医療体制を構築できるように助言する役割です、
東日本大震災ではきちんとした情報が入ってこなかった(つまりどの程度の医療ニーズがあるのか、そのニーズの内容は何なのか)こともありますが、
多数のDMAT(もしくはその後の医療機関)が入ったために、
その調整業務が膨大になってしまい、混乱してしまうことがありました。
この解決策としては、
まず情報が適切にある部署に集中して入る仕組みを作ること、
そしてその情報から責任部署(つまり災害医療コーディネーター)がコーディネートすることです。
そのためには責任部署はあらゆる状況を想定して、
あらかじめ様々なシミュレーションをたてていくことでしょう、
また責任部署をただ新設するだけでなく、
その新設した委員があらゆる状況を想定できるように、
様々な研修会を開催していく必要があるでしょうし、
このような委員は様々な機関と日ごろから連携を取り、
その機関の状況も把握していく必要があることから、
会議なども必要になってくるでしょう。
つまり質の確保が今後求められます。

二つ目としては、
災害で病気やけがを負った人たちの受け入れ病院の確保です、
被災地の医療機関は被災して1〜2週間では混乱状態が続いている可能性がおおいにあるでしょう。
その場合、被災地以外(他県)の受け入れ医療機関を確保しないと、
被災地の医療体制は確実に崩壊します。
このような広域での連携ができるようにすることも役割のようです。

他の県ではこのような災害時の医療計画はどうなっているでしょう。
確認したほうがいいと思います。
posted by リハ技士 at 11:31| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする