2014年03月11日

原発再稼働推進の疑義W 想定外の津波

原発再稼働推進の疑義W
ネタ本は、NEWTON 4月号
特集「災厄 福島原発1000日ドキュメント」
PART1の過酷事故の連鎖
(参考文献として、「国会事故調報告書」)

想定外の津波

【地震発生から47分後の15時35分、高さが最大15.5メートルにもなる津波がやってくる。
 津波は防波堤をこえ、1〜4号機の主要な建物を5m程度の深さまで浸水させた。非常用電源(ディーゼル発電機)と所内に電気を送るための配電盤の多くは、建物の1階か地下1階に設置されていたため、浸水によって故障してしまう。
 そして15時42分までに1、2、4号機は全電源喪失という事態におちいった。中央制御室の照明は落ち、原子炉の状態を示す計器類の多くが機能しなくなった。………(中略)………。3号機は交流電源は失われたものの、直流電流(バッテリー、いわゆる電池)が生き残ったため、最低限の操作は可能だった。
 5号機も交流電源を喪失したが、6号機の一部のディーゼル発電機と配電盤は無事だった。5号機と6号機は電源を融通しあうことができたため、この二つは原子炉の冷却を続けることができた。】

(NEWTON4月号38ページから引用)
津波が想定を超える可能性が高いことや、
想定を超えた津波は容易に炉心損傷を引き起こすことを、
東電は2002年以降何度も指摘されており、
事故のリスクがあることは認識していたのです。
具体的には………。

まず2002年に政府の地震調査研究推進本部は、
福島第一原発を含む日本海溝沿いでマグニュート8クラスの津波地震が20%の確率で発生すると予測したのです。
その時にくる津波の大きさは、
同じ地震調査研究推進本部発表の2か月前と比較して、
東電が予測した数値は3倍弱になるものでした。
そして2006年には日本を含むアジアでの大きな地震が続いたことで、
想定を超える事象が原発にもでてくるのではないかという問題意識から、
保安院と原子力安全基盤機構が溢水勉強会を開催、
この時に津波で炉心損傷の可能性に言及、
保安院がそのような可能性に対しての東電などに具体的対応を要望するのですが、
結局、東電は対応をしていませんでした。
(しかし、この要望は口頭のみで、書面での要望はありませんでした
→つまり記録を残さない不透明な指導)

このように津波の危険性を無視し、非常用電源のほとんどが低い位置にあったため浸水、
この後のメルトダウンにつながっていくのです。
(ただし、津波の浸水がメルトダウンの唯一の原因かというと、そうともいいきれません、
地震によって原子炉が壊れた可能性も否定できません、
検証するには実地調査が必要です)

次回は、メルトダウン です。
posted by リハ技士 at 18:37| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月10日

原発再稼働推進の疑義W 震度6強の強いゆれが福島第一原発を襲う

明日が東日本大震災、丸三年。
あす、当院でも14時46分に黙とうをします。

この東日本大震災で、福島第一原発事故は起きました。
この事故をきっかけに当ブログにおいて原発に関しての様々な特集を組みました。
先祖代々暮らしてきた故郷に長期間住めない状態に陥らせた原発に関しては、
当ブログ管理者としては批判的にならざるをえませんでした。
日本国中が原発に関して、かなり批判的な風潮にはなり、
大きなデモも連日行われるようになりました。

ただ都知事選を見ると、その空気は変化したのかととらえる人もいるでしょう。
しかしその中には消極的賛成派がいると思います。
原発はもうなくなったほうがいい
しかし現在、脱原発をすれば経済は冷え込むのではないか、
現在の仕事もなくなるのではないかというものです。
ブログ管理者は、そうは言ってられない状態でではないか、
原発再稼働させ、その稼働中に震災が起きたら、
日本はもう大変なことになってしまうと考えてしまいます。
上記のように消極的賛成派に対して
我々はそれほど景気は冷え込まないようにする提起を考えていかないと、
脱原発の輪は広がらないと思います。
本来はそのような特集を組めれば良かったのですが、
いずれ何か参考にできる本があればここで紹介したいと思います。
今回は原発事故を時系列で追っていきたいと思います。


原発再稼働推進の疑義W
ネタ本は、NEWTON 4月号
特集「災厄 福島原発1000日ドキュメント」
PART1の過酷事故の連鎖をまず紹介したいと思います。

震度6強の強いゆれが福島第一原発を襲う

【2011年3月11日14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9の超巨大地震が発生し、福島第一原発を震度6強の非常に強いゆれが襲った。この地震により、運転中だった1〜3号機で原子炉の緊急停止装置が自動で作動し、原子炉の運転(核分裂反応)は停止した。
原子炉の運転が止まると発電も止まり、所内に電気が供給されなくなった。そのため、原子炉の停止後すぐに、電源が外部電源(所外から供給される電力)へ切り替えられた。ところが地震から数分以内に、外部電源が来なくなる。外部電源を供給するための送電鉄塔が倒壊したり、屋内設備(遮断機)が地震でこわれてしまったのだ。外部電源の喪失を受け、タービン建屋の地下にあった非常用電源(ディーゼル発電機)が自動で動き出した。】

(NEWTON4月号 36ページから引用)
まず信じられないのは、外部電源を供給するための送電鉄塔が、
ほぼ原子炉の運転での発電が止まった時とほぼ同じくして、
電気を送れない状態になっているということです。
1995年の阪神・淡路大震災で送電鉄塔が破損し、非常に地震に対して脆弱であることはわかっていました。
そのことをふまえて耐震性をアップするべきでした。
またもう一つ問題として、外部電源が1系統しかなかったこともありました。
(福島第2原発は外部電源が2系統あり、
震災で1系統は生き残り、全交流電源喪失に至りませんでした)
一応、原子力安全委員会や旧原子力研究所が耐震性や送電網を強化することは提起されたのですが、
東京電力はこれを放置、原子力安全委員会もそれ以上の指導・勧告はしていなかったのです。

この後、原子炉が緊急停止し、非常用電源が起動していきます。

次回は、「想定外の津波」です。
posted by リハ技士 at 19:49| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

玄海原発 3県合同防災訓練

【九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の周辺3県で行われた30日の防災訓練。県内では、唯一の30キロ圏内に入る糸島市で住民避難訓練があったほか、県境を越えての訓練も初めて行われ、佐賀、長崎両県からの4つのコースで避難住民を受け入れた。訓練はおおむねスムーズだったが、想定以上に道路が渋滞したケースなど、より厳密にシミュレーションをする必要があるとの声も聞かれた。】
【今回の訓練では、佐賀県が緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を使い、放射能物質の蓄積量を予測した。その予測によると、放射性物質は原発から東に広がり、100分の1の水準の範囲は糸島市を超え、博多付近に達している。
 糸島市では玄海原発から30キロ圏内に約15000人が暮らす。市内二丈地区にある深江公民館ではこの日朝、ICカードを使って避難者の身元を確認する訓練と、甲状腺被曝を防ぐために飲む安定ヨウ素剤を子ども向けに調製する訓練があった。ともに初訓練で、住民約140人が参加した。
 身元確認の訓練では、糸島市が九州大と共同開発したICカード(いとゴンカード)を手にした住民が、一時集合場所となった公民館の受付や、避難先となる大野城市の総合体育館に向かうバスの昇降口で、カードリーダーにカードをかざして本人確認を受けた。
 安定ヨウ素剤の調整訓練では、薬剤師と市職員らが粉末の安定ヨウ素剤を水に溶かし、さらにシロップを加え、未就学児童用に飲みやすくする作業をこなした。プラスチック容器に小分けした計約340人分の内服薬を保冷バッグ4袋に詰め、作業は予定どおりに約30分で終了。糸島薬剤師会の徳永浩志さん(40)は「体が覚えるまで何回も訓練する必要があるのではと話した。
 ………(中略)………。
 訓練後、糸島市の松本嶺男市長は「訓練はスムーズだったが、実際には自家用車で道路が大渋滞し、非難に何倍も時間がかかることを予想しなければならない」とコメントした。】
{朝日新聞(福岡)・朝刊 2013年12月1日 記事引用}

この避難訓練は当然、原発再稼働するにあたって、
この避難訓練をきちんとされていることが、
おそらく条件に入っているのではないでしょうか。
しかし、この避難訓練が果たしてうまくいくのかどうか、
かなり強く疑問が残る訓練と言わざるを得ません。

この避難訓練で解決しなければならない一番の問題は、
重病者や重度身体障害者などの身体的弱者の移動です。
福島第一原発の時も、移動するのに時間がかかったことが大きく影響し、
亡くなった人が多数でてきました。
今回の避難訓練ではその一番問題が残る身体的弱者に対しての訓練はされていないようでした。
そもそもその身体的弱者の避難の前に玄海原発の避難対象者は47万人と膨大です、
その人たちにどのように情報発信し、どのようなルートで、どのような時間差で避難させていくのか、
除染設備はどうしていくのかという基本的なところは、
はっきりいってまだよく決まっていないと言い切っていいのではないでしょうか。
いや、自信の持てる基本的な避難基準・マニュアルは作成できていることであるなら、
それをきちんと行政はホームページなどで出してもらいたいと思います。
その文書から、また議論ができます。

ヨウ素安定剤に関しては、一歩前進なのでしょう。
また3県合同で行ったことでの広域のシステムを確認する作業も一歩前進だったのでしょう。
しかし、まだまだ根本的な課題は解決されていないようです。
行政もそう感じているようであるなら、
地域住民の健康と命を守るためにも、
原発再稼働は許してはいけないのではないでしょうか。
(またそれ以前に福島第一原発の原発炉内の実地調査を本来は行って、
原発が構造的に問題なかったのかどうかを明らかにしない限りは、
大きな地震が起きた時に、規制委員会が想定しえなかった問題が原因で、
また大きな原発事故を起こす可能性はひめています)
posted by リハ技士 at 14:59| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

島根原発事故避難計画 実行性依然見通し立たず

『中国電力島根原発(松江市鹿島町片句)の事故を想定した10日の原子力防災訓練は、前回に続いてヘリコプターが飛べないなど避難計画のもろさを露呈した。30キロ圏の46万9千人がスムーズに避難できる見通しは依然として立たず、住民や周辺市は避難計画への不安を募らせた。避難計画の実効性が確保できない中で、立地自治体の首長からは、避難計画と再稼働論議を切り離そうとする思惑も見え始めた。』
『10日午前6時45分、陸上自衛隊防府文屯地(山口県防府市)から悪天候のためヘリが飛べないとの連絡が島根県に入った。
 県の避難計画では、長時間搬送が困難な要援護者は、ヘリで搬送する考え。訓練は島根原発から5キロ地点にある障害者支援施設「はばたき」(松江市島根町大芦)に入所する障害者を想定し、ヘリの避難を予定した。
 ところが、ヘリの運航は今年1月に続いて中止。内田洋子施設長(56)は「ヘリは万能ではない」と話し、風向きや天候などに応じた代替手段の確立などを求めた。
 県原子力安全対策課の島田範明避難対策室長は「実際の事故時にヘリが飛べるかは分からない。その都度、最善の搬送手段を選択して対応せざるを得ない」と指摘するが、、転向に応じて最善の避難手段を確保する訓練は行われていない。
 県の避難計画では、はばたきの入居者らを含め5キロ圏の住民が避難する間、5〜30キロの住民は自宅などで待機する「段階的避難」を想定している。
 スムーズな避難には欠かせないが、訓練で住民避難は原発の距離にかかわらず、ほぼ同時に一斉に非難を開始。実際に事故が起きれば、5〜30キロの住民の行動を制約できるか不透明だが、「待機」についての課題は検証できていない。
 ………(中略)………。
避難計画の課題が次々と浮上し、実行性が高まらないことが現実化する一方で、再稼働を目指す中電の国への安全審査申請に向けた準備は着々と進む。
 避難計画と再稼働の判断の関係について、島根県の溝口善兵衛知事は福島第一原発の事故後「住民避難の大枠が整う」ことが、再稼働判断の前提との考えを示している。
しかし、10日の訓練後、避難計画の実効性を問われると、「今答える状況にはない」と、明言を避けた。
さらに、原発が立地する松江市の松浦正敬市長は「事故はいつ起きるか分からない。避難計画が整わないと(再稼働が)どうのこうのという話ではないと思う。できるだけ避難の具体性、具体化を常に努力していくことだ」と強調。住民の安全な避難と、再稼働の是非判断をめぐる議論の”切り離し”も示唆した。』
(山梨中央新報・朝刊 2013年11月12日 記事引用)

最後の市長の言葉は、ブログ管理者には全く納得できません。
コメントの初めと最後は残しつつも、
こうコメントするのが市民の健康を守る市長の役目ではないでしょうか。
「事故はいつ起きるか分からない。ゆえに避難計画が整わないと再稼働は行わない。できるだけ避難の具体性、具体化を常に努力していくことだ」
なぜ事故がいつ起きるか分からないと言明しながら、再稼働をすると言ってしまうのか、
おそらく原発が地元の経済を握っていることが大きいのだと思います。
ゆえに仕事を確保するために、このようなことを言わざるをえないのです。
原発が建っているところは過疎地域です、
その過疎地域にいる住民がここで生活できるようにしたい、そう考えるのも自然でしょう。
そのようなところに様々な補助金を出し、
原発に依存するしかない体質にまでもっていったのは国です。
そのために市長の言葉に強く反発しながらも、
その言葉には、
再稼働しない場合、
その過疎地域の経済は苦境に立たされることは、
十分配慮していく必要があると考えています。(別の経済政策が必要)

しかし、だからと言って原発を容認することはできません。
この避難計画、30キロ圏の住民46万9千人の避難行動をスムーズに行っていくという計画、
このこと自体の計画でも、
原発事故が起きただけで、これほどまでの対応をしなければならないことに、
皆さん、違和感をもたなければなりません。
posted by リハ技士 at 18:04| 山形 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月09日

PTSD 初の治療方針

『災害や犯罪などの体験が心の傷となり、強い不安や不眠などが続く心的外傷後ストレス障害(PTSD)への対応や治療の方針を、専門医の学会が初めて作った。東日本大震災などがきっかけだ。医師による適切な治療のほか、呼吸法など患者自身ができる対処法も紹介している。
 世界保健機構(WHO)の2005年の調査では、日本国内で生涯にPTSDになる人は人口の1.1〜1.6%、20代〜30代前半に限ると3.0〜4.1%だった。
 しかし、専門医が少なく、適切な治療を受けていない患者も少なくない。精神科医らで作る日本トラウマティック・ストレス学会による指針は、正しい診断には、医師が患者の体験を丁寧に聞くことが重要と指摘。最初の2〜3回の診察は時間を十分にとって、患者のペースで話してもらうよう求めている。さらに医師は、患者に「誰にでも起こる病気で患者が悪いわけではない」と説明することも大切とした。自分を責める患者が多いためだ。
 つらい体験がよみがえる「フラッシュバック」や息苦しさなどが起きた時に症状を和らげる方法を患者が行うのも有効だという。気持ちを落ち着かせる呼吸法などを紹介している。
 薬による治療は、最終的な手段として慎重に行うよう助言している。「SSRI」と呼ばれる新しいタイプの抗うつ薬を推奨する。最低でも1〜2週間は続け、症状が無くなった後も1年間続けると、再発防止効果があるという。
抗不安薬として広く使われているベンゾジアゼピン系の薬は、PTSDの主な症状には効かず、依存を起こしやすいため、長期的な使用は推奨していない。』
{朝日新聞(東京)・朝刊 2013年9月17日 記事引用}

今まで公式な治療方針がなかったことが逆に意外でした。
ただそれほどそれ程このPTSDの診断は難しいものなのでしょう。
また、しかし、東日本大震災でPTSDに苦しむ人たちになんとか手を打たなければいけない、
(東日本大震災ではどの程度、PTSDになったのか、
そのデーターはブログ管理者は探せませんでした。
しかし、過去の震災では5〜10%の被災者がPTSDにかかったと言われています。
ブログ管理者では被災者数をリサーチ出来ませんでしたが、
最低でも50万人はいたと推定しています。
それで少ない方の5%だとして25000人がPTSDになっているのです)
そう強く考えた専門医たちが動き出したのだととらえています。

このPTSDは、きちんとした治療を受ければ症状を軽減することは可能です。
posted by リハ技士 at 13:41| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする