2013年03月11日

”いのちの記録”を未来へ 〜震災ビッグデータ〜

今日は3月11日、ちょうど震災2年。
一昨日・昨日・今日と番組では様々な特集がなされています。
今回は少し前にNHKで特集した番組を紹介します。

3月3日、NHKスペシャル
「”いのちの記録”を未来へ 〜震災ビッグデータ〜」
(このブログはナレーションから数多くを引用しています、ご了承ください)


去年9月、大手IT企業の呼びかけで立ち上がった「震災ビッグデータプロジェクト」、
11の団体と防災の専門家たちが参加しました。
東日本大震災の全貌を明らかにして、次の災害への備えにしたい、
プロジェクトには様々なビッグデータが持ち寄られました。
ツイッター社が提供したのは震災から1週間に投稿されたつぶやき1億8千万件、
自動車メーカーの本田は、カーナビのデータ、自動車140万台分の走行記録です。
そして日本気象協会、地震や津波に関するデータを提供しました、
死者・行方不明者、およそ2万人、
戦後最悪の被害をだした大震災、
これまでに映像や証言をもとに検証が続けられてきました。
しかし、なぜここまで被害が拡大したのか、
その全体像を知ることはできませんでした。

あの日、人々はどのように行動してきたのか、
ビッグデータが明らかにする3月11日、
(車や人の動きを番組では青い点として示していました)
当日朝の宮城県の石巻市の人の動き、人々があわただしく動いているのがわかります。
こうしたデータの基礎となるのが、携帯電話やカーナビの情報です。
携帯電話のアプリケーションを使う際に利用者が許諾した場合は、位置情報が蓄積されます。
プライバシーに関する情報は取り除かれているため個人は特定されませんが、人の動きはわかります。
カーナビの場合も、利用者が許諾した車1台1台の動きを分刻みでたどることができます。
こうした記録からあの日の人々の動きを再現できるのです。
これに時間帯ごとの人口データを重ね合わせます、
するとあの時、午後にどれだけの人がいたのか、ほぼ正確にわかるのです。

午後2時46分の石巻市、活発だった人の動きが遅くなりました、
地震発生から30分後、巨大津波が各地を襲い始めます。
東北と関東、6つの県で62の市町村が浸水しました。
ここに地震直後どれだけの人がいたのか?
ビッグデータが初めて明らかにしました。
関東から東北にかけて60万人以上、福島・宮城・岩手の3県だけで52万人にのぼっていました。
さらにデータを分析していくと、
その後、津波が到達するまでに人々がとった行動の詳細が浮かび上がってきました。
989人が犠牲になった宮城県名取市、津波は内陸深くまで流れ込みました。
津波が来るまでの1時間、人々はどのように行動したのでしょうか。
地震発生直後、多くの人が避難しています。
しかし、その後は逆に内陸から入ってくる人が目立ち始めます。
地震が発生したとき、後に浸水域となるエリアにいたのは21000人、
最初は避難し減っていきますが、20分後増加に転じます。
そして津波が到達した時には当初(21000人)の人数を超えていました。
東北大学、今村教授はこのデータから得られた結果に驚きました。
およそ2500人が避難していた一方でその2倍近い4000人が浸水域に入っていたのです。

地震の後、浸水域に入った人の方が多い市町村は5つの県で24にのぼりました。
なぜ多くの人が危険な沿岸部に向かったのか、
今村教授はビッグデータの中のある動きに注目しました。
地震発生後、沿岸に向かう人が乗った車の動き、
その多くがVの字を描くように戻っていきます。
ピックアップ行動と言われる動きです。

名取市に住む高橋善夫さん、
一緒に暮らしていた家族4人を津波で亡くしました。
息子の豊さん、地震が起きた時、こがね町の職場にいました、
どのように亡くなったのか、わかっていません。
同僚によると豊さんは地震から45分たった午後3時半ごろ、車で職場をでたといいます。
後に遺体が見つかったのは自宅から3キロ離れた場所でした。
自宅に向かう途中、津波に巻き込まれたとみられていますが、詳しい状況はわからないままです。
ただあの日、自宅には一緒に暮らす祖母がいました、
障害があり、自力で歩くことができなかった叔母、
豊さんは常に支えていたといいます。
大切な人を救おうと自宅に向かった人々、ピックアップ行動で多くの人が犠牲になったとみられています。

地震が起きた時、後に津波で浸水する地域にいた52万人、
ビッグデータからは津波が来るまで多くの人がとどまっていた地域があることもわかってきました。
その傾向が最も顕著だったのが、三陸沿岸の町でした。
24000人が暮らしていた岩手県陸前高田市もその一つです。
陸前高田市の浸水域にいた人の数、地震発生から津波の到達までほとんど変化しませんでした。
分析の結果、70%の人がずっと浸水域にとどまり続けていたことがわかります。
1755人が犠牲になった陸前高田市、
一見すると多くの人が避難していないように見える携帯電話などの動き、
しかし拡大してみると、人々はわずかに移動していることがわかりました。
この行動は何を意味するのか。
陸前高田市では68あった避難場所のうち、およそ2/3の41か所が津波で浸水しました。
避難場所の一つ、市民会館、
100人を超える人が亡くなりました。
陸前高田市では多くの人が近くにあった避難場所までに移動し、そこで被害にあったと思われます。

多くの人が避難場所で亡くなった今回の震災、
今村教授が注目していたのはビッグデータから割り出されたある事実でした。
データからは三陸沿岸の浸水域にいた人がいつ動き始めたのか、その時刻が正確にわかります。
1/3の人は地震発生から15分以内に動き始めていたことが明らかになりました、
そのまま近くの避難場所ではなく高台に避難していれば多くの命が救われたのではないかと今村教授はみています。

今回の震災で残されたビッグデータ、
社会が高度に情報化されたことで、人類は初めて膨大な記録を手にしました。
今、この記録を原発事故の被害者の支援に生かそうという試みも始まっています。
福島県で被爆調査を続けている東京大学の早野教授、
事故直後の混乱からどれだけの人が被ばくした可能性があるのか、
ビックデータで明らかにしようとしています。
事故の後、原発周辺から避難している人の動き、
早野さんは甲状腺に影響を及ぼす恐れのある放射性ヨウ素131のシミュレーションを重ねました、
放射性物質が最も多く放出された事故からの数日間、
拡散した地域にどれだけの人がいたのか割り出そうとしています。
被ばくの全体状況をつかみ、人々の支援につなげていきたい、
早野さんは今回の分析は、その重要な一歩になると考えています。

ビッグデータを検証し、将来の防災に生かそうという取り組みも始まっています。
今回の震災ではおよそ17万台もの、車が津波で流されました。
3941人が犠牲になった、宮城県石巻市では深刻な渋滞が被害を拡大させたとみられています。
しかしどのように渋滞が発生したのか、そのメカニズムはわかってきませんでした。
実態を検証することで、被害を減らすことはできないか、
交通工学が専門の東北大学の桑原教授、
カーナビの走行記録などの分析を続けています。
地震が発生する前の車の動き、
幹線道路の橋を中心に車が集まっていることがビッグデータでわかります、
この時の混雑状況を知るために1台1台の位置情報から速度をわりだしました。
地震の前からすでにいくつかの場所で渋滞が起きていることがわかりました、
午後2時46分、激しい揺れでほとんどの車が一旦停止、
15分後には中心部の道路が一気に渋滞し始めました。
なぜこれほど渋滞が広がったのでしょうか。
桑原教授が注目したのは、
渋滞が4つの交差点を結び4角形を作る状態、グリッドロックと呼ばれる超渋滞現象です。
地震の後、人々が一斉に車を道路に乗り入れます。
車がひしめきあい、直進はおろか右折も左折も出来なくなり、渋滞が広がるのです。
橋で囲まれた市街地のほぼ全域で起きていたグリッドロッグ、初めて明らかになりました。

このグリッドロックに遭遇していた人がいました、佐々木さんです、
石巻市の職場から内陸の自宅に戻る途中でした。
佐々木さんの車の走行記録、
午後3時3分に駐車場を出た後、次第に速度は低下。
3分後には渋滞に遭遇していました。
佐々木さんの前方の車の記録から渋滞の要因の一つが読み取れます。
時速は1キロ以下、ほぼ停止状態になっていました。
このとき何が起きていたのか、道路沿いには大型の商業施設がありました、
そこから車が次々にと流れ込み、行く手をふさいでいたのです。
それでも車を降りて逃げようとする人はいなかったといいます。
地震から30分後、グリッドロックの影響は市の外にまで拡大、
渋滞は東西30キロに伸びていました。
午後4時4分、佐々木さんの車は1時間たっても342メートルしか進んでいませんでした。
その時、津波が押し寄せてきました。
タイヤが津波につかり始めたころ、偶然近くに脇道を見つけました、
佐々木さんが渋滞から脇道に脱出した直後、大きな津波が襲ったのです。
グリッドロックにつかまっていた車は次々と流されていきました。
明らかになったグリッドロックの脅威、
東北大学の桑原教授はビッグデータの分析によってグリッドロックを防ぐ方法を探しだそうとしています。
渋滞が起きやすいのは交差点に近い橋の付近、
あらかじめ橋の車線を増やしておけばグリッドロックを防げるのではないか、
商業施設を避難ビルとして活用し車で逃げないようにすれば、
渋滞の緩和につながるのではないか、検証を始めています。
今後の街づくりや車を使った避難のあり方について市に提言しようと考えています。

ここまでが番組の冒頭から2/3までです。
このあとツイッターを使ったデータを利用したビッグデータも紹介されます。
膨大なつぶやきデータから本当に命にかかわるような情報をリアルタイムに入手し、
救援に結び付ける仕組みづくりを検討しているのです。
また今回の大震災を手探りで救援活動を行ってきた自衛隊は、
携帯電話などで人がどこにいるのかが把握できれば、
もっと多くの命を救えたと感じていました。
他にもGPSのビッグデータからどの道が渋滞していないか、
救援する時にその道を進んで早く救援場所に行こうとする試みも検討されています。

このような様々なメディアの情報を共有することによって、
これだけの事ができるのかと、番組を見ながらまず驚いてしまいました。
確かにこのような情報は、
今後の減災を構築するシステムに生かせそうでしたし、
救難救助をするときにもかなり効果的な仕組みだと感じます。
なぜ活かせそうと考えたのか、それはそれらの情報が震災時の「事実」を語るからです。
震災時はその事実が震災の混乱の中で見えてきませんでした、
またその後においても検証しようにもその事実を検証できる状態ではありませんでした。
また今までの番組は震災時の映像と各個人の体験が述べられていましたが、
それが一般的なものだったのか、特別の体験だったのかは把握しようにも、
あまりにも混乱した状態の中で把握できるわけがありませんでした。
それ以上に震災において全体がどのように変化したのかを理解するには、
個人の事例だけでは限界がありました。
このビッグデータで全体として例えばどのように動いたのかがまず把握できます。
それらの情報は私たちが減災をする上での基礎データになり、
そこから私たちはその基礎データを元に様々な対策を考えることができるのです。

また今回のビッグデータはもう一つの重要な要素があります、
それは、事実は事実でも、その「現在」の事実を表すことです。
ビッグデータから、渋滞していない道を選び、早く救助を出す、
孤立した集落に人がいる事を把握し、迅速に救助に行くなど、
現在進行形の問題解決につながっていくのです。


今日は3.11、
亡くなったかたがどのような経緯で亡くなったのか、
現在も苦しんでいる被災地の人たちはどのようなことで苦しんでいるのか、
とにかく事実を明らかにする事、
これも被災地の思いだと思います
その大きな一角のビッグデータプロジェクト、
東日本大震災の行動や事象においての事実を明確にしてほしい、
そして次の大災害にはこのビッグプロジェクトがリアルタイムに問題を解決できるように、
諸機関の連携を密に進めてほしい、
などなど、強く期待したいと思います。

明日も震災関連の番組を紹介していきます。
posted by リハ技士 at 12:08| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 番組紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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